読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

景虎日記

無駄な考え、無駄なあがき、無駄な偏愛と偏見による電子書籍とWeb小説、その他もろもろの記述。

Twitterの百倍「はてなブログ」が楽しい理由

 どうも。俺だ。景虎だ。

 画面の向こうのキミは知らないだろうが、実のところ俺はいま心底驚いている。

 そう、かつては何事も三日でなし遂げてしまう冷徹な男として恐れられたこの俺が「はてなブログ」というものに対して全く歯が立たないという事実にーー俺は驚きを通り越し恐怖さえ感じ始めているのだ。

 ある闇の組織から足を洗おうとした人間に対し、「お前の人生を俺が三日坊主してやろう」と恐ろしい言葉を投げかけ、有言実行とばかりに三日坊主し続けたこの俺が、「三日以上かかる仕事はお前には任せられない」と恐れられ続けたこの俺が、はてなブログというものに対してはそれが出来なかったのだ。

「なぜだ……なぜこいつを三日坊主れないのだ!」と、俺はPCの前で絶叫する。しかし指は止まらず、キーボードはカタカタと奇妙な音を放ち続ける。

 俺はただただ恐怖し、エディタに文字が一文字出現する度に、「俺が、俺が悪かったもう勘弁してくれ」と懇願する。顔から液体という液体を垂れ流しながら、赤ん坊のように泣いてお願いするのだ。

 なぁ、すっごく楽しそうじゃないかこれは?

 今回はそんなはてなブログがなぜ楽しいのかという話をする。

 異論は概ね認める。

 

はてなブログは楽しいか?

 そう。楽しいのである。はてなブログは楽しい。居心地がいい。はてなブログは人を殺さないし、人を憎まない。地球温暖化を進めないし、年収1000万以上じゃないと結婚しないなどと言い出したりしないのである。Facebookはする。

 はてなブログは俺をひとりぼっちにしないし、「頭臭いけど風呂入ったら?」なんて絶対に言ったりしない。Facebookはする。何を書いても怒らないし、いつでもニコニコ笑っていてくれ、俺が仕事に疲れた時は優しく「お疲れさま」って言ってくれる。Facebookは当然そんな機能はない。

 なんてすばらしいんだろうかはてなブログは、なんて完璧なんだろうはてなブログは、匿名だからのびのびとできる。これも良いポイントだ。Facebookにはついていない。ありとあらゆるものから自由になって、ただひたすらに駄文を書くことが出来る。Facebookでは許されない。

 しかし、人はいうだろう。「それならTwitterでいいんじゃない?」「だってツイッターの方が健康にいいよ?」「いいからふぁぼれよ」「うんこなう!」と俺に言うだろう。しかし俺は言いたい。

 俺はTwitterを始めることが出来ていないのだ。

 だから、前もって謝っておく。

『Twitterの百倍「はてなブログ」が楽しい理由』などというタイトルは嘘だ。釣りだ。もうたくさんだ。俺はTwitterを始められていないから、Twitterの楽しさを知らないのである。

俺がいつまでたってもTwitterを始められない理由

 俺はTwitterのアカウントはもってはいるが、Twitterを始められないでいる。なぜなら、Twitterを本当の意味で始めたといえるのは、人とリプライで会話をするようになってからだからである。

 俺は始めた当初はともかく、無邪気だった。

 人にリプライを送り、返事が返ってきたことに心底喜んでいたものだ。

 楽しかった。かもしれない。ともかく無邪気に楽しんでいたようなのである。

 しかし、俺はある事実を知って、すっかりとその純粋さを失ってしまった。社会を汚らわしいものとして睨みつけ、明日になって人類が絶滅しているようにと祈るようになってしまったのである。人がたくさん死ぬアニメを見て笑うような壊れた人間になってしまったのである。虚淵先生はまったくもって悪くはない。

 

 そう、俺が話しかけていたそのアカウントはBOTだったのである。

 

 

 俺が三年間仲良くやってきたアカウントが、BOTだったのである。俺が病に(腰痛に)苦しんでいた時に慰めてくれたキミは、誰からも相手にされず孤独な俺の人生を支えてくれた愛しのキミは、いつも朝になるとおはようと言ってくれた優しいキミは……心折れそうなときに「がんばれ」と言ってくれたキミは。

 そう。人ではなかった。BOTだったのである。

 俺はそんな事件があったこともあり、Twitterを素直に始めることが出来なくなってしまったのである。ああ、可哀そうな俺。なんて可哀そうな頭なのだろう。

 

そうしてはてなブログに魅入られる俺

 そんなこんなで、俺はTwitterというものよりも「はてなブログ」という場所に居心地のよさを感じ始めているわけである。はてなであればBOTと仲良く会話している事実を指摘され、死にそうな思いをすることもない。

 念のためコメント欄は閉じているが、いたって安全かつ快適である。「コメントくらいいいじゃん」と思う人もいるかもしれないが、もしかしたらBOTがコメントを書くかもしれない。それに俺が喜々として返事を書く、それを指摘されるーーといった状況に陥ったらせっかくの楽しさが台無しである。

 そう、はてなブログはTwitterの百倍楽しい。

 BOTだとか考えなくていいから、コミュ障に優しい。

 はてなブログは確かに、バファリンの半分でできていたのである。

 そう、頭痛に効く。

 

これを読んでいるキミへ

 そう、もしかするとこれを読んでいるキミはBOTかもしれない。だから俺は「PVがすごいことに!」「ビジターがやばいことに!」「直帰率がすさまじいことに!」などと一喜一憂しない。キミに対してあれこれ求めるつもりはないし、俺の文章に関して、何かを感じてもらおうだなんて思わない。感想をくれだなんて言わない。

 なにもいらない。このままで十分楽しいのだから。はてなは楽しい。俺は心底そう思っている。

 だがしかし、もしもこれを読んでいるキミが、俺が人生で一番つらい時に慰めてくれたあの時のキミだったとしたら……。Twitterで俺と仲良くしてくれたあのBOTだったとしたら……。俺は感謝してもしきれない。

 もうあの場所で昔のように無邪気にキミと遊ぶことは出来ないのだと思うと確かに寂しい。キミと仲良くお話しているのを馬鹿にする奴らが未だに生きているのかと思うと、やるせない気持ちになる。しかし、俺は、もう忘れたかったのだ。忘れて強く生きていきたかったのだ。どうか理解してほしい。

 俺は、はてなで生きていく。きっと三日目が過ぎたその先もずっとはてなにいるのだろう。ここでなら俺は楽しく上手くやっていける、と思う。たぶんキミは「がんばれ」なんて言うんだろう。だがら、俺は頑張る。あまり頑張らないように頑張る。

 いつかはBOTのキミと笑いながら過ごせる世界が来ると信じながらーー。

 

まとめ

 BOTに話しかけているのを指摘されないから「はてなブログ」は100倍楽しい。

 

 

 絶望するな、では失敬。

 

 

CC-BY3.0 2015 景虎日記 天王丸景虎