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景虎日記

無駄な考え、無駄なあがき、無駄な偏愛と偏見による電子書籍とWeb小説、その他もろもろの記述。

ボカロPとして活動してみたが俺には向かなかった

動画 音楽 同人

 どうも。俺だ。景虎だ。
 しばらくの間ニコニコやYoutubeにボカロ曲をいくつか投稿していたのだが、今回のブログエントリではそんな作曲についての個人的な話を書き留めておこうと思っている。

 おそらくこのブログを読んでくれているキミは、小説や映画などといったコンテンツに興味がある人であり、作曲などというものにはあまり興味を示さないかもしれない。

 であるから、なるべく簡潔に、今現在自分が感じていることについて忘れないように書き留めておくだけにしよう。

 あんまり気持ちのいい話では無いので、明るい気分でいたいキミは是非回れ右して頂けるとありがたい。

 では始めよう。

 

 

目次

 

ボカロPを続けてみた結果

Happy Chinese New Year

 俺がボカロPなるものを始めたきっかけは、中々テキストが書けないという状況の中で「それでも何かしら創作活動をしたい」という欲求を抑えきれなかったからであった。
 俺の中では創作に大した違いは無いという認識が大きかったこともあり、文章を書くことも、動画を作ることも、音楽を作ることも――ともかく作るものというものは、どれもが同じものであろうと思って今日まで動画を投稿してきたつもりであった。


 実際作曲というものも、文章や映像などのような作る楽しさや苦悩、そしてそれを公開する恥ずかしさや楽しさ、やりがいなどがあって良いものではあっただが、そういった楽しさの裏で、俺自身はむくむくと一つの疑念を膨らませ続けていたのである。

 

 

 まぁ、包み隠さず言ってしまうと「これを続けたところでなんの意味も無いのでは無いか」という疑念、もとい真実なのであった。

 

作曲ははたして命をかけるに値するかという疑問があった

LIFE

 失礼極まりない話だが、「作曲が自分にとって命と引き替えにするにたることなのか」という気持ちがいつもどこかにあったのだった。

 こういう話をすると「お前は何様だ」だの「物事を深刻に考えすぎだろ」などと突っ込まれそうな気もするが、俺はこの問いに対してイエスと答えられることをしていないと、どことなく虚無感を抱いてしまう人間なのだ。

 たとえば、ゲームをして遊んでいるのは最初こそ楽しいが「それが一体未来の何につながるというのか?」という心の内側からわき起こってくる問いに対して、全く答えることが出来ない自分がいると虚しくなり、続けているうちに妙な焦燥感に襲われるのである。

 それと同じ感覚が作曲やボカロPとしての活動に対してもあり、まじめに続ければ続けるほど虚しくなっていき、やっぱりこれはほどほどが良いのでは無いかと思い始めたのである。

 俺にとってずっと楽しめるもの、ずっと続けられることというものは、自分の人生に関わるものであるという認識があったし、それは愛すること、恋することと同じ扱いをするべきものなのであり、つまりは、命をかけてするものという認識が根底にあった。

 色恋というゲームに参加する資格を持たない人間にとって、つまり俺にとって、愛、恋、つまりは生殖活動というものは、創作に他ならず(生殖と創作を一緒くたにして「楽しめる」と言ってしまうのは品性が疑われそうだが)それこそが生物として命を賭すに値するものだと言えるものでなくてはならず、はたしてそれが「音楽なのか?」と問われると少なからず疑問に思うところがあったのである。

 少なくとも自分は音楽では大成出来ぬと思えたし、仮に大成したとしても全くつまらない「そんな人生など無価値だ」と大して技術も向上していないうちに、思えてやまなかったのである。

 まぁ、勿論、別段他のことで大成出来ると確信していた訳ではないのだが……。

 

 勿論作ること自体は楽しい

Music

 まぁ、そうは言っても曲を作ること自体は娯楽としては、楽しいし、音楽を作る楽しさや難しさを知ることによって、受け手としても一段階上のランクに上がれたというのは心底喜ぶべきことなのだろう。

 これまで漠然と聞き流していた曲なども、以前とは全く違う響きを持って聞こえるようになったし、これは本当に少なからず成長したのだと胸を張ってもいいのだろうと思う。思い上がりも甚だしいという人もいるかもしれないがゼロと1ではやっぱり違うとおもうのだ。

 勿論、趣味としてはこれからもボカロ活動を続けていくことだろうし、それを応援してくれる人が一人でもいるのであれば(いない説が有力ではあるが)続けていこうとは思ってはいる。

 しかし、現在の評価と、自己評価、および自己満足によって思った部分としては、そこまで熱くならずに続けていくことになると言えるだろう。
 ただ、「いやはや、ひょっとすると、俺は音楽だけでなく、すべての表現においてこの程度の男なのかもしれない」などと考えて、心底肝を冷やしたりすることもあるのではあるが……どうなのだろう、結末はまだ誰も知らない。

(まぁ、そんな悲しい事実を直視するのは、他人任せにしておけばいいだけの話かもしれない。無駄に悲観しすぎるのも趣味では無いのだし)

 

 

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 さて、という訳で、これからは音楽はあくまでも趣味と割り切って、その他の活動に精を出していくということになるという報告である。

 個人的にはやっぱり、別の表現でこそ、自らの力を出し切れるのだろうと信じてやまないのである。当然、そんなものは空想、妄想、左利きのグローブに過ぎないのかもしれぬけれど、まぁ、信じてやってみたいことは山ほどあるわけだから、無謀者としては一所でくすぶり死んでいるのはいいとは言えないだろう。
 だから、音楽な景虎を応援してくれていたかもしれないキミには申し訳ないことではあるが、新曲に関してはあまり期待しないでくれるとありがたい。

 さてと、それでは最後にそんな気まぐれな俺のブログが今日から再び続くように願掛けをして終わりとすることにしよう。
 では、失敬。

 

 

 ちなみに、新作の動画製作及びアルバム製作においては夏村アマタ様に素敵なイラストを描いて頂いた。それに関しては本当に感謝してもしきれないと思っている。逆にこんな記事を書いてしまう体たらくを謝罪したい位である……。

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